2007年10月27日
大塚おむすびまつり

Posted by donkoya at 16:05│Comments(1)
│アーティストの日々
この記事へのコメント
大塚は、私の領土であったが今は池上氏と岩切氏、和田祥吾ちゃんに譲った。でも乱橋あたりは、COOPレジにかこちゃんが勤務していて、磁場として醸成している。かこちゃんは曽師のアパート暮らしの時には、マドンナとして昌彦兄などの気持を高揚させてくれていた。稲穂が吉村・永山商店のように核になっていくのが感じられる。障碍とは一つの良く書きこまれた脚本である。ちなみにまだ修介の生目台団地が造成される以前は、西高坂のところは辺鄙な行き止まりで、連れ込み旅館があるぐらいの磁場であった。
追伸:熊本の元気印山崎光代さんが、賢二&亜子のカップルに刺激され、宮崎に戻るそうである。アパートは野海エリアのデオデオ付近ということで12月にはトヨタLAV4の熊本ナンバーが闊歩しだすので、男性諸君チェケラッチョ!
追伸:熊本の元気印山崎光代さんが、賢二&亜子のカップルに刺激され、宮崎に戻るそうである。アパートは野海エリアのデオデオ付近ということで12月にはトヨタLAV4の熊本ナンバーが闊歩しだすので、男性諸君チェケラッチョ!
Posted by りんたろう at 2007年10月30日 13:50